やがて私たちは、周囲がすっかり明るいのに気がつきました。
とっくに朝がきていたのです。
妹が何か食べない?といいながら
冷蔵庫を探っています。
私はなにもかもほったらかしで出てきていることを、
ようやく思い出しました。
長い時間を世間と電車で過ごして、やっと妹に会えたのに、
ここでのんびり過ごすわけにはいかなかったのです。
私は家にかえらなければならないのでした。
妹は漬物と佃煮と明太子ではないたらこをみつけだしてきて、
食卓にのせました。
私たちはおつゆもつくろうか?と思案しましたが、
インスタントですませることにしました。
それらと温めたごはんの朝食をとりながら、
妹に帰らなくてはならないことを告げました。
すると妹はどこからかカギをとりだして、
悪戯を目論む幼児のような眼をして、
「送る。」というのです。

「わぁ あなたが運転するの?こわいわぁ」
私は助手席でわざと大げさに言ってみました。
妹はふふふと笑ってエンジンをかけました。
私たちを乗せた小さな車は案外滑らかに道を行きました。
夜中に私がたどった景色は日差しの中で色彩を取り戻し、
まぶしいくらいに輝いて見えました。

駅には10分足らずでつきました。
駅員さんもいて、ヒトがぽつぽつと改札をくぐっていました。
きたときには暗かったのできがつかなかったのですが、
駅の横手に駐車場がしつらえられていて、
そこに車を停めて私たちはおりました。

「はい切符」
私は切符を買うためにバッグからサイフを出そうとしていたのですが、
前から用意してたのか、さっさと妹が切符をくれました。
その切符はちゃんと京都から新幹線に乗り換えれるようになっていました。
「ありがとう」
お礼をいって受け取る私に妹がいいました。
「それからこれも」

妹が私の手のひらに乗せたそれは、古い赤い財布でした。
「ああ。これは。。」

それは薄い薄い縮緬を幾重かに重ねた、がま口型の小銭入れでした。
少しずつ色調を変えた重なる赤が、
花びらそのもののようにもみえる
子供の頃の私の財布でした。
父かダレかがお土産にと、どこかで見つけて私にくれたものでした。
その頃私は既に赤い色に拒絶反応に近いものを持っていて、
ことごとく赤い色をさけていたのですが、
この財布だけは別でした。
私はこの財布に硝子や千代紙でできた
小さな可愛らしいものをこっそりしまっていきました。
わずかにお小遣いもいれていたかもしれません。
そしてどこかに大事に仕舞いこみすぎて、
所在がわからなくなってしまい、
そして忘れ果ててしまっていたのです。

「そうかぁ、あなたが持ってたのね」
サイフはほのかに温いようでした。
妹はへへへと笑っていました。

私は思い切って言葉にしてみました。
「ねぇ、もうお母さんもいないし・・・
お父さんももういないから、うちへ帰ってこない?」
妹はやっぱりへへへと笑っていました。

そのとき私は妹が赤い服を着ているのに
やっと気がつきました。
赤は私の色とでも思い込んでいたのか、
妹は赤い服を着ませんでした。
赤色を私が拒絶するようになっても、
やっぱり妹は赤い服を着ませんでした。
始めて見た赤い服で笑ってる妹は、
恥ずかしがりやの少女のようでとても可愛らしく思えました。 

電車がホームに入ってきて、私は改札をくぐります。
妹はにこにこと手を振っていました。
私も何度も振り向いて、手を振り返しました。

妹はずっとにこにこと手を振っていました。
 

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