冬なのに暖かな一日だった。

来客はどうしても深夜を渡るので、暖かなほうがありがたい。

凍りそうな深夜にキーをうつ作業は結構つらいものだ。

ロクなセリフが浮かばず、訪れてくれた者に

きまずい思いをさせるのがオチだった。

宵の口からぽつぽつとヒトが出入りするのは、

やはり暖かな日だったせいもあるのだろう。

みなも気持ちが軽いらしい。

その日、一度”外”で会うか、との話がでていた。

常連たちは互いに案外近郊に住んでると気がついていたので、

イマまでその話がでなかったのが不思議ともいえなくないが、

私にとってはその話が出たこと自体が不思議だった。

私の部屋に限らず、チャット部屋で常連を張るようなタイプには

2種類あって、ひとつは裏も表もないまったくオープンなタイプ、

もうひとつは徹底的に虚構のベールをかぶることを希み、

実体を隠そうとするタイプだ。

私の部屋の常連たちは、明らかに後者ばかりだった。

それがベールを脱ごうか、と自ら言い出すヤツが現れ、

さらに何人かが”じゃあ脱いでみようか”と乗り気を見せる。

分離していた虚像と実体が融合を始める兆しだ。

常連たちは変化を始めたらしい。

虚像が実体の存在を認めようとしている。

変化を終えた常連たちは、私の部屋の常連ではなくなり、

かわりに私の”親切な友人”に成り代わる。

時折 依然ネットの世界に残る私を思い出し、

来訪し、親切な言葉をかけてくれて、

やがて、ぱったり足は途絶え、時の彼方へと

完全に去っていってしまう親切な友人たちに。

親切な友人たちが誕生しそうな気配もずいぶん久しぶりのことだった。 

ひとりが新しくできた一軒の料理店の名を口にした。

雑誌などで洒落ているとの話題をあつめている店だ。

実際にそこを訪れた者がいて、じゃあそこに予約をとろうかということに

話はまとまりそうだった。

ランチにするかディナーにするか、それともいっそティータイムをとるかの

微調整に入っている。

日のある時間がいいだろう。

はじめの一歩は明るく暖かく祝福されるべきだから。

もちろん私も誘われる。

そして私はいつもどおり仕事の都合がつかないから と断る。

私はベールをかぶり続けるほうを選ぶ。

”おまえがいないと、意味がないんじゃないか?”などと、

口では言って見せるものの、何かしらは伝わるらしい。

誰もそれ以上は無理やり踏み込もうとはしない。

その場に、ららはいなかった。

実にうまい具合に、ららは居なかった。

そしてその日は来なかった。


世間では休日にあたる日、私は早めの昼飯のあと部屋を開けた。

常連たちが予約した店で集う時間になったころ、ららがやってきた。

「やあ、らら。みなは丁度今、外で会ってる。」

そして私は一瞬ためらったが、やはり付け加えた。

「もし、ららも行きたかったのなら、店に電話してあげるよ。

みんな待っててくれるだろう。」

「そうだなぁ・・・」

ららは少し笑うと残念そうに言った。

「いってみたい気はあるんだけど、今日は段取りがつかないや。」

その答えは少し意外だった。

ららは外で会う気があるのか。

ベールを脱いでもよいというのか。

再び、私の指は心と一体化したがり、

言葉をつむぎたいと切に訴えてきた。

けれど実勢にうてたのは 何の役にも立たない一行だけ。

「そうか、いってみたかったのか。」

「うん。」

私には、ただただ ららを眺めることしかできないらしい。

そのとき乱入者があった。

「やっぱり居たな。仕事だなんて嘘だったなぁ。」

どうやらノートパソコンを持ち込んで会食に挑んだ常連がいたらしい。

会食中の常連たちが、かわるがわる状況を打ち込んでくる。

店の内装、他の客の様子、出される料理、交わす冗談・・

そうか、そうか。楽しいんだ。

大成功なのだ。よかったなぁ。

食事が終わり、河岸をかえるらしい。

夜に覗くよ、の言葉を残して、全員が去っていった。

華やかな余韻が消えかける頃、ららが私に聞いた。


「ねえ、なんで行かなかったの?」



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