Toy’sShopは混んでいた。

サンタを夢見ることをとっくの昔にあきらめた子どもたちが、それぞれの欲しいものを物色している。

弟もおもちゃの山へいき、ソフトビニールのゴジラを手に取っていた。

少年は手ごろな値段のツリーを探す。

ツリーたちはさらに安くなっていた。

ツリーが決まると、少年は弟をセール商品の飾りのワゴンの前に連れてった。

弟が一律100円の飾りのひとつひとつを、手に取り真剣に吟味している間、

少年は電飾の値段を見に行った。

電球の数の少ないものならなんとか買えそうだ。

選んだ電飾を小脇に抱え弟のところに戻る途中、少年の足はソフビのゴジラの前で止まった。

そしてこっそり掴むと、それだけ先にレジを通した。

安い品物だったが店員はちゃんとリボンをかけてくれた。

店内はクリスマスソングが汗のように溢れてた。

とても暑かった。


居間にツリーを立てる。

弟がおおはしゃぎで金銀の珠やトナカイや雪だるまをぶらさげてゆく、

「まあまあ。イブに間に合いましたねぇ」

派遣員が眼を細めて言った時だった。

「ちがうよ。」

弟が真顔でいう。

「あしたはね、イブじゃないよ。」

派遣員が怪訝そうな顔をした。

「明日は24日。クリスマスイブで夜中にサンタさんが来る日でしょ?」

「ちがうってば。」弟の口が尖る。

「あしたはね、クリスマスイブじゃなくて、おにいちゃんのお誕生日なの。」

「・・・いいんだ。ケンゴ」

電飾をツリーに這わせながら少年は静かに言った。

「もうずっとずっと前に、良かったんだ。本当は。」

そのとき、誰にも聞こえない音を立てて、呪縛ははじけた。

少年は覚えていた。

ものすごい癇癪を起こしてしまったあのイブの日のことを。

それはいまのケンゴよりまだ幼かった日だった。

なぜかその日、メリークリスマスの言葉が無性に悲しかった。

クリスマスじゃない。おたんじょうびだと泣き叫びながら、

食卓のチキンを払いケーキを崩し、つくりもののツリーを引き倒し

引き裂こうとしたあの日。

粉々に砕け散ったガラスのかけらや仕込まれた針金で、

手足をザクザクに切り裂かれ血潮を飛び散らせながら、

狂ったように泣き喚いたあの日を。

その日以来、少年の家にはクリスマスがなくなった。

幾度12月が廻って来ようとも、クリスマスがくることはなかった。


幼い少年はすぐに深く深く後悔した。

クリスマスは大好きだったのだ。

けれどなぜか引き裂いてしまった。自分で引き裂いてしまったのだ。

幼い少年は何も口に出さなかった。出せなかった。

そして全ての言葉が飲み込まれていくのに時間はかからなかった。


幼い少年の口数は極端に少なくなり、そしてそのまま年だけ過ぎていった。

“もういいでしょう?”

誰かが送ってくれるだろうその言葉を、自分がどんなに待ち望んでいたか、が、

今わかった。

“うん、そうだよ。もういいんだ”

本当は、何年も何年も前にそう言いたかったのだ。

母親は息子の希みを叶えないまま去ってしまった。


「ああ、じゃあ二重におめでとうだわね。」

派遣員が機嫌よく言った。

少年は自分の部屋に戻る。電飾を巻き終えたから。

チカチカ光る電飾にはしゃぐ弟の声が遠くに聞こえた。


その夜3時を過ぎる頃、帰宅した父親はチカチカ光るツリーの前に立ち尽くしていた。

と、小さな指がその手を握る。

「おとうさん、おかえり。」

父親は目を凝らして小さな息子を眺めた。

自分は過去に戻ったかと思ったのだ。
 
けれど、その小さな息子は、やはりケンゴの方だった。

目覚めて泣くかわりに起き出して来たらしい。

父親は息子を抱き上げた。

大事な大事なヒミツを打ち明けるかのように、小さな息子が囁いてくる。

「おにいちゃんが、ツリーかったんだよ。」


「・・・そうか。」


父親はツリーを見つめた。

父親には遠くなってしまった小さなユウゴがみえていた。

父親はツリーを見つめ続けた。

「クリスマスしような。」

そう父親がつぶやいたとき、抱かれた息子のほうは眠ってしまっていた。



次の日は暖かい冬の日だった。

昼下がり、派遣員はチキンをオーブンにいれる下ごしらえをはじめた。

ケンゴは型ヌキを手にクッキー生地と格闘している。

少年はといえば、なぜかベッドにもぐりこんでいた。

居場所がないような気がしたのだ。

日が暮れかかり、焼き菓子の匂いにチキンの焼ける匂いが交じりだす。

少年はようやくあきらめてベッドからでた。

「ちょうどチキンも焼けましたよ。」

その日の派遣員はかなり年老いていた。

が、この手の料理がすこぶる得意だったらしい。

星々の浮かぶスープ、雪山のサラダ、優しい色の砂糖で化粧された焼き菓子に、

こんがりと鎮座するローストチキン。

そこには、ミセスサンタの料理が並んでいた。

「おとうさまのお帰りを待ちますか?」

派遣員がにこにこと聞く。

いや、待たなくていいよ、そう少年が言うより一瞬はやく弟が叫んだ。

「まつ、まつ、まつ、まつ。」

少年は聞こえないように舌打ちする。

折角の料理がムダになった、と思った。

ところが、ほどなく父親は帰ってきたのだ。

なにやら大きめの紙袋を提げて。

そして派遣員に今日はもうあがってくれていいと告げた。

「それとも一緒に食べていきませんか?」

「いえいえ、ありがたく家族のところへ帰ります。」

派遣員はそう答えて笑った、ミセスサンタのように。


「まずはこれからだ。」

父親は食卓のご馳走たちを少しづつ寄せて場所を空けると

、紙袋から取り出したクリスマス仕様でないデコレーションケーキを取り出した。

やめてくれよ、少年の心がつぶやくが誰にも聞こえない。

HappyBirthday Yugoとつづられたケーキに、ロウソクが15本灯される。

弟が声を張り上げてお誕生日の唄を歌いだした。

やめてくれやめてくれと少年の心が喚きつづけてるのだが、

もちろん誰にも聞こえていない。

唄が終わってしまった。

ロウソクを吹き消さなければならない。

少年は宙を仰いだ。

と、その隙に、横から弟が全部吹き消してしまった。

少年はほっとした。

むしろありがたかったのだが、わざと不機嫌につぶやいた。

「チキン喰おうぜ。」

「ケンゴ、ケーキがいい。ケーキ食べる。ケーキ食べたい。」

息子たちの言葉などまったく聞こえないかのように、父親は言った。

「お誕生日おめでとう、ユウゴ。」

そして小ぶりの包みを少年に渡した。

はっとしたように弟が椅子から飛び降りて、なにやら探しに行く

少年は青いリボンを解いて包みを開けてみた。

でてきたものはデジタルカメラだった。

「どうだ?気に入ったか?」

父親がウレシそうに聞く。

少年はじっとデジカメに眼を落としていた。

そこへぬっと画用紙が差し出された。
 
「おたんじょうびのプレゼント」

クレヨンで描いた弟の絵だった。

背の高い兄らしい一人と小さい弟らしい一人がツリーを飾っている。

少年は思った。これじゃぁクリスマスの絵だ。ばかやろう。

けれど少年が口にしたのは別の言葉だった。

「さっさとチキン喰おうぜ。」

父親が弟にケーキを、兄と自分にチキンをきりわける。

弟はシアワセそうにケーキを食べる。

父親は得意げに、自分のグラスにスパークリングの酒を注ぐ。

少年はチキンを黙々と食べている。

クリスマスだった。

それは 誕生日で、クリスマスだった。

父親がデジカメを使って写真を撮ろうなどと言い出す。

少年にとってはとんでもない話だ。

けれど結局タイマーはツリーの前の3人に向けてセットされ、

満足げな父親と全身で喜ぶ弟と不機嫌な少年の、

お誕生日でクリスマスイブの写真は記録された。

その夜、父親と弟の気配が静まり返ってから、

少年はこっそり起き出し、チカチカ光るツリーの元に

リボンの包みをひとつ置いた。

Toy's shopの店員がリボンをかけてくれたあの包みを置いた。

そしてベッドに戻ると目を閉じた。

今夜は弟は泣かないようだ。



次の日の朝「サンタがきた、サンタがきた」と叫ぶ弟の甲高い声で

少年は目覚めた。

知らんふりしていたかった。知らんふりしようと思っていた。

けれど居間を覗きに行ってしまった。

「おう、ユウゴ。おはよう」

父親はコーヒーを飲んでいた。

コートを着ている。やはり仕事には行くのだ。

弟はというと夢中でソフビのゴジラと立派なロボットゴジラを戦わせている。

プレゼントが増えていたらしい。

兄に気がついた弟が叫んだ。

「サンタさん来たよ!おにぃちゃんのもあるよ」

確かにツリーの元にもうひとつ、大きめの箱のような包みがあった。
 
おそるおそる少年は包みを解いてみた。

それは流行のオンラインゲームのパック一式だった。

必要なオプションたちも一通り、全て揃えてあった。 

それは母親が残したPCが少年のものになったという証でもあった。

「まあ、サンタはおもちゃをもってくるもんだ。」

口笛を吹くようにそういうと、父親は弟の頭を軽くなぜてからでていった。

弟は相変わらず夢中で遊んでいた。

冗談じゃない。少年の心がまたつぶやいた。
 
おれは受験生なんだぞ。しかも後がないんだ。わかってんのか?

だから、12月は嫌いなんだ。

少年は自分を抱きしめるようにゲームの箱を抱きしめた。

おそらく、これがはじめての”サンタからの贈り物”だ。

なぜか頬に暖かい涙が流れてた。
 
幸い弟は自分の遊びに夢中で当分気がつきそうもない。

けれど暖かい涙はなかなかとまってくれなかった。



そして この家の誰もがまだ気がついてはいないのだが、

少年の家のPCには昨日付けで一通のwebカードが配信されていた。

かりそめのアドレスから送られたそれは、

幼子を抱き微笑む聖母の図柄で、添えられたメッセージには

お誕生日 おめでとう  ユウゴ

と、打たれていた。


やがて PCを起動させたとき、少年は気がつくのだろう。

 
                           了  


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