冬の昼下がりだった。
この時間帯にくる常連はいない。
まっとうに現実生活を嗜んでいる証拠だ
。
ラジオ部屋でも覗いてみようと思っていた。
連中は24時間だれかがDJをしている。
ラジオをでも聴きながら昼をすごすつもりだった。
それでも部屋を開けていると、誰かがきたりする。
この時間にフラリと入ってくる輩は、小学生だったり主婦だったり、
または仕事中に会社のPCでさぼってるヤツだったり。
たいてい唐突にきて、勝手に喋って、いきなり帰ってゆくので、
こちらは常に物見させてもらってる。。
話題はいたって平板で、世俗で、発展することのないものばかりだ。
小学生は異星人のようにわめき、主婦やOLは女性週刊誌のような繰言
を延々訴える。
悩みとも愚痴ともつかないつぶやきを、現実の世界の友たちを相手に話さず
こんなところでこぼしてるのだから、真の解決を望んでいるわけではないらしい。
解決のための労力と反動を畏れているのだろう。
弁明させてもらえば、私はそのような会話に少しもげんなりはしていない。
時に違う意味でわくわくしたりもする。
なんせ作今のTVのドラマやショーの類はどうにも小粒で、
作り物臭さ(それも依然見たなにかを常に思い出させる)が抜けきれてなくて楽しめない。
多少素人臭くともリアルタイムのライブショーのほうがいいではないか。
小学生のそれなんぞは笑えもしないバラエティをはるかに上回っている。
ともすればリクツに凝り固まるか、逆に全く考えることを拒否する常連たちにくらべ、
何がくるかわからない楽しみはこの時間帯ならではのものだ。
入室音にわくわくする。
ところが、やってきたのはららだった。
途端に私の優位な気分は吹っ飛んだ。
ららは変わらずケロケロとした挨拶をするとちょこんと座り込む。
「音楽でも、もらいにいくかい?」
相変わらず気の利いた節回しは思いつかない。
「
・・・今日はレゲエだって。そうかいてあったよ」
ららはそういって眼を細めたようだった。
昼下がりの緩い日差しが、チンダル現象のカーテンをキラキラさせながら
彼女を包み込んでいるらしい。
不意をつかれたのと、この時間帯は他の訪問客の助けが望めないとの事
前の心得からか、私の舌の戒めは解かれてしまった。
あまりにも穏やかにのんびりしたららの風情も後押ししたのだろう。
私は確かめまいと思っていた言葉を打ち込んでいた。
「ららは・・16歳なのか?」
ららはくすくす笑ったようだがオオマジメに答えた。
「16歳だよ。」
私は焦って次の言葉を捜したが見つかるはずもない。
じれじれと自分を呪っているうちに、次の言葉をらら自身が続けた。
「ずっと16歳なんだ」
瞬間、私の中身は空洞となった。
ずっと16、ずっと16、ずっと16、ずっと・・ずっと・・
洞窟の奥で撞かれた鐘の音のように、その言葉は低く低く反響し、
私の中でゆっくりゆっくり生温い波紋をひろげていく。
ららがなにか言っている。
けれど私の目は聞き取れなかった。
「バイバイ。またね」
その文字をようやく認識して我に返ったとき、既にららは居なかった。
そして私は自分を叱責する羽目になった。
なにを慄いていたのだ。
単純にからかわれただけじゃないか。
たとえ年齢を偽ったとしても、この世界では決して珍しいことではなく、
責めるべき筋合いのことでもはない。
いずれにせよ驚いて見せたり笑ったりすることであって、決して慄くことではない。
どうかしてる、とまだ自分を罵りながら、私はららは何を言っていたのかと、
直前の部分のみ残るログを追った。
「タソカレ が 来るから 帰るね。」
文字はそう残されていた。
昼下がりであったはずの日差しは、いつしか深く斜めに傾き、
薄墨を孕んだオレンジの光を放っていた。