I hate December

2003/12/22
“うちにはクリスマスはないのよ”

“なんで?”

“ないからないの。”


 容赦なくベルは鳴る。

 配られていた答案用紙は、ガサガサと耳障りな音をたてながら手から手を渡り、壇上の教卓に舞い

戻ってく。気分は最悪だった。

 ふと、力任せに椅子を引き蹴り飛ばしてやろうかとも浮かぶけど、もちろん実行することはない。

 髪だって立たせてはいるけど、まだ染めてないんだ。

 何食わぬ顔で支度を整え、席を立つ。

 級友たちの何気ない会話はことごとく邪魔なだけ。挨拶なんかも勘弁してくれ、だ。けどもちろん口

になんか出さない。
 
 返事とも音とも仕草とも見分けがつかないように曖昧にやり過ごす。

 それが結局いちばん早道なんだ。

 校門を出たら、すり抜けていかないといけない街のクリスマス仕様にもうんざりだ。

 だから12月は嫌いなんだ。

 バカバカシク陽気だったり、とってつけたようにしんみりさせたりするBGMらを無秩序にぶつからせ

て、無駄にキラめく電飾たちをぶらさげて、さぁ幻想へ、さぁ幻想へとまやかそうとする街並み。駆ける

ようにさっさと走り抜ければいいんだろうけど、そんなことはしない。

 だってそんなことしたら、うんざりしてるのがバレルだろう?

 だからわざとのろめに歩く。のろのろと過ごし過ごし、歩く。

 そして不機嫌な少年はわざと通学路をはずれる。

 名はユウゴという。

 水洗いしても水洗いしてもゴミ臭さの残る狭い路地を抜けると、忘れ去られたような空間に出くわ

す。もう何十年も前につくられ、誰にも使用されなかった広場だ。

 “ちびっこ広場”と掲げられたはずの黄色い看板もイマはない。

 もちろん少年は何も知らない。

 カレが知っているのは、ここを抜けると早道なのと他の誰にも会わないこと。

 ただヒトリを除いて。

 案の定、今日もまた半分埋められたタイヤにおっさんが腰掛けていた。

 まだ陽の高い時間帯だったので、ある程度の予測はしていた。

 おっさんはサラリーマンの格好をしている。

 しかしそのコートは真冬用のものじゃない。

 夏にもそのコートを着ていたと思う。

 おっさんを見かけるようになったのがいつの頃からかはどうしても思い出せない。

 いつのまにか、いつもそこに居た のだ。
 

 あの日声をかけられなければ今も風景の一部だったろう。意識に上らない存在なのだ。

 「少年、」通り過ぎる少年におっさんはそうつぶやいた。

 「大人になったらわかる、とかいわれるだろ?なにがワカルんだと思う?」

 足を止めなければ良かった。後で少年は何度もそう思い返した。

 けれどそのときは足をとめてしまったのだ。本当にコドモだったから。

 「それはな、取った年ほど 大人にはなってなかったってことだ。」

 おっさんはそれきり何もいわなかった。少年もグズグズはしていなかった。

 そしてそれきり話しかけられることもなかった。

 今日もただ横を通り過ぎる。今日もおっさんはなにも言わない。少年はほっとする。

 面倒はごめんだ。


 ただいま、をいわなくなったのはいつからだろう。

 少年は黙ってドアを開け、黙って部屋にはいる。

 部屋はひんやりしてる。

 きちんと片付いているわけではない。新聞やら広告のチラシやら勝手に届けられるガスや水道の領

収書やらが、着いたその日のままテーブルにのっている。

 床には年のかなり離れた弟が遊ぶおもちゃが、そのまま転がっている。

 まあ我が家においては通常の域だ。そして今は誰も居なかった。

 台所を覗いて昼食の用意らしきものがないことを確認すると、少年は腹が立ってきた。今日は期末

試験の最終日で午前中で終わる。腹は減ってるんだよ。知ってるだろう。

 少年はテーブルのうえに千円札が3枚のっているのに気がついた。

 なんだよ、これは。もういちど外にでて昼メシを調達して来いってか?

 喚きだしたい気分に近かったが、とりあえず金はポケットにいれる。

 それにしても3枚は少し多いような気はした。

 そのとき電話が鳴った。

 怒りがまた沸いてきたが、声は押し殺す「・・・もしもし」
 
 「ああ・・・あの、幼稚園の教諭の○○ですけども・・あの、あの、お迎えの時間がとうに過ぎているんですが・・」

 聞き覚えのない声にとまどった。幼稚園?うっかりぼんやりする少年に電話の主は、やつぎばやに

語りかけてくる。いかにもいかにもずっと番号にかけ続けてた、といいたい様子だ。

 「とにかく、ケンゴくんもずっと待っていますので、お迎えにきてください。」

 電話は切れた。受話器を置いた。お迎えに来いといっていた。

 迎えに行く?おれが?
 
 少年はへやを見渡す。いつもどおりの散らかったへやにカーテン越しの日差しがゆっくり横切った。

 ・・・おれがいくんだな。

 少年はドアのほうへ向かった。

 母がいないのだ。



 園庭では北風が、時折砂をまきあげていた。

 園舎の電気は消されていて、昼下がりの日差しだけが薄明るく照らしこんでいた。

 弟はガラス戸に張り付いていた。鼻の頭と頬の上のほうと指の先がとても赤くなっていた。迎えに来

たのが、母ではなく兄だと知ると、身じろぎせずに眼だけでこっそりおいかけてくる。

 園舎の中は弟と教諭らしい女性の2人きりだった。

 教諭らしい女性はなにかいいたそうだったが、相手が少年だったので飲み込んだらしい。かわりに、

弟に微笑みかけてとても優しく優しく言った。

 「おにいちゃんきたよ。 よかったね」

 少年は無言で少し頭を下げ、顎で弟を促した。弟はあわててカバンを首から提げなおし、モタモタと

靴を履く。戻る兄の後ろを、転がりそうになって追う。

 「ばいばいケンゴくん。またあしたね。」

 兄弟の背中に声が届いてくる。

 


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