2年生になってクラスが変わった。
 
 それでも廊下とかであうと、ちょっと話とかしたりはしてた。

 ある日5階の廊下の窓から下を覗き込んでるすーちゃんがいた。

 「・・・スゴイな。とびおりるやつって。」

 近くに来たのがナオだと気がつくと、スーちゃんは言った。

 「とびおりるって思うだけでこんなに怖いのに。死ぬなんてコワイことするなんて勇気あるんだな。」

 ナオにはそうは思えなかった。

 でも、すーちゃんは目をキラキラさせていたので、何も答えないことにした。


 3年生になってもクラスは同じにならなかった。

 ある冬の日、誰もいない教室ですーちゃんが一人で席についていた。

 英語の辞書を1ページづつ破っては丸めて、飲み込んでいた。

 廊下から見てるナオにすーちゃんが気付いた。

 「だってさ、食べると覚えられるっていうから。」

 さすがにすーちゃんもバツは悪そうだった。

 ナオがなんにもいわないでいると、天井を仰いで「あーあ、ナオはアタマいいからなぁ・・・」と嘆き、「なんでこんなにアタマ悪いかなぁ。」と自分の頭を何度も殴っていた。

 丸めた辞書の切れ端を握り締めた拳で。


 高校生になってナオはやっと会話術というものを少し会得した。

 それは ただのちょっとしたコツだったのだ。

 一呼吸置いてから、ゆっくりめに話す。

 それだけで、トモダチがどんどんとことこできるようになった。

 同じ高校だったはずだけども、すーちゃんとはまったく会わなかった。

 すーちゃんは居たのに、ナオが気がつかなかっただけなのかもしれない。

 そして高校生活の終わりの頃にナオは受験をなんとなくクリアして、大学生になった。

 すーちゃんは浪人したらしいと、ただ噂に聞いただけだった。


 「すーちゃん、入院したんだって。」

 大学生になって何年目かの朝、母親が声をひそめがちにナオに告げた。

 ノイローゼのようなかんじで、自傷行為が激しくなって入院したそうだ。

 そしてすーちゃんの一家は引越してしまい、そこまでで、そのままになった。


 やがて姉が嫁いでゆき、ナオは卒業し、OLになった。

 また違う毎日は始まってた。



 母親が、どこからか布を持ってきて、目の前の自転車の埃をきれいに拭い始めた。

 頼まれもしないのに姉の息子のために購入して、受け取られないままに小さくなってしまった自転車だった。

 母親はもう何も言わなかった。

 ナオは相変わらず自転車には乗らない。

 それでもなぜか、あの22インチではなく、26インチの自転車をちゃんと手に入れてある。

 すーちゃんはまだ生きているのだろうか。ナオは思う。
 
 もしひょっこりすーちゃんが来たら、自転車に乗ってみよう。

 あそこではないキモチのいい場所が、どこかにあるかもしれない。

 あきらめずに、のんびりと探せば、ひょっとしたらあるかもしれない。

 すーちゃんが来る日がこないことはわかってる。

 それでもナオは自転車を持っている。

 乗らない自転車を持っている。
 

  "遊ぼう、自転車に乗って。”

 

                             了








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